厚生省の1982年以来の確約 「P4施設の安全性について市民の合意が得られるまで実験を開始しない」を反故にして、2015年8月3日、塩崎厚労相と藤野武蔵村山市長が感染研村山庁舎BSL4(P4)施設の稼働に合意した。武蔵村山市は「稼働協定は、厚生省と武蔵村山市だけでなく反対団体も含めた中で締結する」ことを1982年6月の市議会で約束していたが、市議会も反対団体も無視した市長の独断専行は今後の市政に禍根を残す。

 合意内容に関してBSL4 施設の使用目的に注目したが、8月3日付の厚生労働大臣確認事項にある「村山庁舎のBSL-4 施設の使用は、感染者の生命を守るために必要な診断や治療等に関する業務に特化する。なお、制約なく研究目的で使用することに対する地域住民の懸念を払拭するよう、コミュニケーションを積極的に行いながらBSL-4 施設を使用する。」の記述は、BSL4 施設の使用目的は診断、治療、研究など何でもありと言うに等しく、BSL4施設稼働反対の市民は強い衝撃を受けている。他方、市長の会談後のコメント(8月3日)は「 大臣からは、会談の中で私が申し上げた要望事項に対する確認事項に沿って施設の運営を行うとの約束をいただき、特に施設で実施する業務は、感染者の生命を守るために必要な診断や治療等に関する業務に特化することや、国内にエボラ・ウイルス等の病原体がないため、現実的には、当面検査以外の業務を行う状況にないことを前提として、更に、当市以外の適地におけるBSL-4施設の確保について検討し、結論を得るとのお話もいただいたので、村山庁舎のBSL-4施設の稼働は、やむを得ないものと判断する。」である。
 厚生労働大臣確認事項と市長コメントにある「診断や治療等に関する業務に特化」には常套の「等」が付加されており曖昧さがあるが、厚生労働大臣確認事項にある「制約なく研究目的で使用すること」の文言は市長コメントにはない。「研究目的で使用」の文言の有無は、村山庁舎BSL4施設が診断や治療以外の研究業務にも使用できるか否かの肝であり、厚生労働大臣確認事項と市長コメントの齟齬が姑息な茶番劇であれば、武蔵村山市民として憤りを禁じ得ない。
 武蔵村山市当局は8月7日になって、厚労省から「感染研村山庁舎の運営は8月3日付け厚生労働大臣確認事項に沿って対応する」との回答(8月5日付け)を受理した旨ホームページに掲載したが、市当局が厚生労働大臣確認事項を8月3日以前に確認したのは明らかである。8月3日の厚労相と市長との合意は武蔵村山市民にとっては寝耳に水であったが、市民の合意などとは無関係な平成28年度予算の概算要求期限に合わせた出来レースであり、長崎大BSL4施設設置の予算要求も呼応して行われた(文科省は概算要求を8月21日に決定した)。

 合意の翌日(8月4日)には、厚労省がエボラウイルスなど危険な病原体の輸入の検討を始めたことが報道された。オウム真理教の炭疽菌散布(1993年)によって日本はバイオテロ容認国とみなされ、1999年の米国議会で病原体やその遺伝子の分与禁止が決定されたが、バイオテロ容認国のレッテルは剥がされたのであろうか。市長コメントにある「国内にエボラ・ウイルス等の病原体がないため、現実的には、当面検査以外の業務を行う状況にないごとを前提」の記述は、国内に輸入病原体があれば検査以外の研究業務を容認することを意味する。
 2015年8月7日、厚労省は感染研を特定一種病原体等所持者および感染研村山庁舎のBSL4施設を特定一種病原体等所持施設に指定した。厚生労働大臣確認事項では、生物兵器(テロ)に使用される可能性のあるBSL3・BSL4病原体は感染者の生命を守るための研究対象になり得るが、国家安全保障の観点から特定秘密に指定されることも想定される。市民には戦前の731部隊の再興を危惧する声もあるが、杞憂であることを願う。

 感染研は2014年12月に「感染研村山庁舎施設運営連絡協議会(感染研協議会)」を設置して地元自治会の代表4名を委員(24人以内)に指名した。そして、地元住民(反対団体)は一切の発言を認めない傍聴人としての出席が許された。村山庁舎BSL4施設の稼働に反対する「感染研村山庁舎BSL4施設の稼働に関する市民連絡会」は第一回、第二回、および第三回感染研協議会での議論(資料)についての4通の公開質問書を提出したが、正式な回答を得ることはなかった。「感染研村山庁舎BSL4施設の稼働に関する市民連絡会」は、2015年8月3日以降「感染研村山庁舎BSL4施設の稼働中止と移転を求める市民連絡会」に名称を変更した。
 1981年建設の老朽化BSL4施設が巨大な首都直下地震に耐え得るはずもなく、劣化BSL4建屋は通気パイプの取り付けが困難なためスーツ型施設に変更もできず、BSL4施設のグローブボックス型キャビネットは市販の検査機器(RT-PCR法)を用いる検体検査や動物実験に不適であり、ウイルス分離法によるエボラウイルス病(EVD)検体検査はBSL4施設で数日(一週間以上)かかるので、一刻を争う治療現場での有用性に疑問がある(RT-PCR法によるEVD検体検査はBSL3・BSL2施設において数時間で可能)等々の指摘を安易にスルーする感染研のリスクコミュニケーション能力、そして、感染研BSL4施設の見学と概要説明でバイオ安全神話を信じる市民のアンケート記入意見{BSL4施設見学会(3回)の参加者は合計70名で、アンケート意見記入者は38名。安全性理解者は意見記入者の7、8割(~30名)で見学者の半数以下。}を「BSL4施設の安全性についての市民の合意(理解)」と見なし、30年に及ぶ武蔵村山市民の稼働反対運動の歴史を独裁的にスルーする市長と行政当局の自治能力に失望する。
 BSL4施設の稼働期間は、首都直下地震の発生、重大事故の発生、新設BSL4施設への移転、または残り十数年の耐用年数経過までであろう。