BSL4施設に関する調査研究「BSL-4 施設を必要とする新興感染症対策」(責任機関:国立感染症研究所 研究代表者:倉根一郎)が、2006年度~2008年度にわたって科学技術振興調整費によって行われた。研究報告書によると、 BSL4施設の整備については、既存のBSL4施設は「レベル4病原体あるいは未知の病原体による重度感染症に対する感染症対策のための病原体検査」に特化し、「重度感染症制圧のための基盤的研究(病原体の病原解析、治療法開発、ワクチン開発等)」は動物実験に適したスーツ型の新設BSL4施設で行うこと、そして、新設BSL4施設の立地条件としては、地震等日本における特殊性を十分に考慮し、大学等の研究施設が周辺にあるなど科学基盤が十分整備されている地域に建設すべきことが提言された。
多額の国費(3億円)を投入し、20人に及ぶ共同研究者の参加により得られたBSL4施設の整備に対する提言を尊重して、既存の村山庁舎施設は感染症対策のための病原体検査に特化するとともに、基盤的研究を行うための新設BSL4施設の適地選定を国策事業として推進すべきである。
しかし、既存の村山庁舎施設を病原体検査に特化しても、BSL4施設の稼働が必ずしも必要ではないことが今回のエボラウイルス病(EVD)のアウトブレイクで明らかになった。
病原体検査はエボラウイルス病(EVD)などの(疑似)感染症患者が発生した場合に、基盤的研究によって研究開発された検査手法{病原体分離法、遺伝子検出法(PCR法)、抗体検出法など}を用いて行われる。EVDの場合、病原体分離法は感染の危険性があるのでBSL4施設が必要であるが、検体検査に時間(数日)がかかるので、一刻を争う治療現場での有用性に疑問がある。コンゴの患者データの分析では「治療開始が1日遅れると死亡率が11%増加する」ことが示されている。
海外のEVD治療現場で用いられるRT-PCR法による検体検査(確定診断、治療支援、退院決定)は短時間(数時間)で行えるのみならず、検体処理過程の最初に病原体を不活性化(感染の危険性が消滅)するので、BSL3・BSL2 施設で実施できる。感染研村山庁舎でのEVD確定診断のための検体検査もRT-PCR法によってBSL3施設で行われた。
村山庁舎は立川断層に近接しており、敷地は狭く、周辺には、小学校、特別支援学校、小児療育病院、医療センター、特養老人ホーム、福祉総合センター、図書館、児童公園、災害時避難指定公園、商店街、都営団地、一般住宅などが密集している。1981年3月、村山庁舎の前身である予研村山分室にP4(BSL4)施設が市民はもちろん武蔵村山市当局にも危険性の説明(リスクコミュニケーション)もなく建設されたため、市民の反対によりBSL4実験停止が30年以上継続し、上記調査研究(倉根一郎代表)に対しても、村山庁舎をBSL4施設の稼働・新設の適地に選定しないよう八千筆に上る署名運動(2008年)が行われた。
市報「むさしむらやま 第307号(1982年)」に掲載されている通り、厚生省の三浦公衆衛生局長は1982年1月12日「P4施設の安全性について市民の合意が得られるまで実験を開始しない」と荒田市長に確約した。感染研(厚労省)は市民の信頼を裏切らないよう本確約を守るべきである。
2014年3月には、日本学術会議が「我が国のバイオセーフティレベル4(BSL-4)施設の必要性について」(笹川千尋委員長)の提言を行った。本提言は将来のBSL4施設新設に関するものであり、上記報告書(倉根一郎代表)との重複もあるが、感染研村山庁舎の既存BSL4施設稼働の必要性には一切言及していない{笹川千尋委員長言明(第五回感染研協議会)}。BSL4施設新設に対する日本学術会議提言を下記に転載する。
(1) 重篤な感染症の対策上、病原体分離に基づく検査を行い得るBSL-4 施設が必要である。
(2) 重篤な感染症に対する対策および国際貢献の観点から、病原体検査に加え、病原体解析、動物実験、治療法・ワクチン開発等の研究が可能な最新の設備を備えたBSL-4 施設の新設が必要である。
(3) 新施設の建設には、大学等の研究機関がある等、科学的基盤が整備されている場所が望まれる。また、地震等自然災害による使用不能事態に備えてできれば複数の地域に建設することが望ましい。
(4) 新施設の建設に当たっては、地元自治体、地域住民とのコミュニケーションを準備段階からとり、十分な合意と理解と信頼を得つつ進める必要がある。
(5) 新施設は国が管理・運営に責任を持ち、また、国の共同利用施設としての組織運営がなされるべきである。
コメント
コメント一覧 (22)
バイオハザート予防市民センターによる日本学術会議提言(2014年3月20日)に対する意見書に以下のような記載があります。2009年4月には、現武蔵村山のBSL4施設のことについて
「感染研」の既存のBSL施設大工事改修工事も完了し、従来のグローブボックス型に加えて最新式の宇宙服方の整備が完備された最新式に施設となった。との記載は誤りですね。
②1987年のラッサ熱輸入時にアメリカに送った検体は、不活化して診断を依頼したように記載されておりますが、もうそのころから不活化する方法が完成したという事でしょうか?
以上2点についてお分かりでしたら、ご説明よろしくお願いいたします。
(2)PCR法は1985年に公表されたばかりで、1987年のラッサ熱の確定検査にはウイルス分離法(P4施設)しかなかったので、検体をCDCに送ってウイルス分離を依頼したと思われます。ウイルス分離法は活性ウイルスを増殖する必要があるので、検体の不活性化処理はしないはずです。
当時、予研の倉田毅氏が血清の抗体検査をP2施設行ったことが問題になりました。倉田氏は「患者の血清は六〇度加熱で不活性化しており、危険はない。CDCでもP2施設でやっている。」と発言しています。私も、検体の初期処理過程で不活性化されればP3・P2施設で危険はないと考えます。
分かり易い説明を頂き、大変有難うございました。
「PCR法は1985年に公表された」は特に知りたいところでした。
それでも疑問が残ります。アメリカが行った公表であれば、当時のアメリカ
CDCでは、面倒なウイルス分離法ではなく迅速診断としてPCR法検査を採用しているとも考えられますが如何でしょうか?
説明にウイルス非分離と書かれているのが気になります。
週刊医学会新聞第2222号(1997年1月6日発行)
[新春座談会] 現代の感染症(吉倉廣,倉田毅,岩本愛吉)
『倉田 ・・・入院後1か月で軽快したけれど,理解できないということで,検体を予研に持ってきました。翌日の朝,血清をもう一度不活化して反応させたら,すべて陰性でしたが,ラッサウイルスに対して最後にとった血清だけが1000倍ぐらい出ているんです。もう1回やり直したら,また同じでした。そこで,二次血清やコントロール血清もみんな新しくして,日曜日に同じことを3回繰り返しても,結果は同じだった。
ところが,予研(当時,武蔵村山市内)にレベル4のキャビネットライン式の実験室があるのですが,完成直後に,当時の室長が議員会館に呼び出されて,「住民全員の合意があるまでそれを使ってはいけない」と政治家に圧力をかけられ,それと同時に武蔵村山市長から抗議を受けたんです。そんなことがあって,実験室は使用できず,すぐCDCに患者の血液を送り,結局,分離ウイルスは陰性ということで退院したんです。・・・
ところが,2年後の6月中旬,突然,「予研で違反検査が行なわれた」という記事が毎日新聞に載ったんです。予研の写真が載り,当時の大谷所長が「これは違反ではない」と反論しているコメントが載っていた。私は記者に会ったことも談話もとられていないんですが,勝手に「『答える必要がない』と倉田が答えた」と書いてあるんです。ラッサ熱の抗体チェックをしたことが,規定外検査という書き方ですが,記事の中で「違反」と書かれたのです。 ・・・」
アメリカCDCでの結果は陰性だったが、一か月後にまた容体が悪化し
都立病院に再入院して再検査でラッサ熱と診断されたとの記憶が残っておりますが、どこで読んだのか今は思い出せません。
コメントが800字制限のため抜粋転載しましたが下記サイトをご参照ください。
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1997dir/n2222dir/n2222_05.htm
有難うございました。そうそう忘れていた記事見つけました。
素人なので説明が細かい点まで同一なのか判断付きません。血清送付(CDC ウイルス非分離)がやはり気にはなります。
ラッサ熱の例:1987年48歳(当時)、シェラレオーネ(技師)2月25日~3月
10日滞在、14日帰国。3月16日東大医科研病院入院(発熱、咽頭痛、全身倦怠感)。
4月米国 CDC へ尿、血液、血清送付(CDC ウイルス非分離)。5月27日軽快退院。7
月初旬、都立荏原病院へ悪化再入院(ウイルス非分離)。腹水、心嚢液貯留―心外膜切
除 術 後 軽 快 。 ラ ッ サ 熱 と 診 断 。 接 触 3 7 名 全 員 抗 体 検 査 陰 性 ( 倉 田 毅 ;
http://www.doc88.com/p-10485522486.html )
CDC へ尿、血液、血清送付(CDC ウイルス非分離)
=CDC へ検体(尿、血液、血清)を送付したところ、CDCでのウイルス分離検査では ウイルスが分離されなかった。
都立荏原病院へ悪化再入院(ウイルス非分離)
=再びCDC へ検体を送付したところ、前回と同様、CDCでのウイルス分離検査では ウイルスが分離されなかった。(山内一也著 エボラ出血熱とエマージングウイルスp29 参照)
ラッサ熱と診断=最初の医科研附属病院入院時、倉田氏による抗体検査(六〇度加熱不活性化)で、高い値のラッサウイルス抗体が確認されたことなどを総合的に検討し、最終的に典型的重症ラッサ熱と診断された。
「ウイルス非分離」とは「ウイルス分離検査で ウイルスが分離されなかった」の意味だったんですか?驚きました。これで文章全容が理解できました。素人には抽象的な言葉の理解は難しい!
取り敢えずこの関係の質問はchayakobanさんに感謝致しながら終わります。別件で疑問出ましたら、遠慮なく質問いたしますので、よろしくお願いいたします。
ところで,その中で気が付いたのですが,ウイルスが分離されなかったという意味について教えてください。
このことは,ウイルスは分離されなかったけれども実はラッサ熱感染者であった,ということを意味するのですか?
ということは,ウイルス分離法では感染を見逃すことがあるという意味になりませんか?
当時の技術水準が低かっただけなのかどうか,よろしくご教示ください。
しかし、抗体は(ウイルス死滅後も)存在しますから、本例の場合は、抗体検査と症状や所見などを総合的に判断し、ラッサ熱感染の診断がなされました。下記に倉田氏によるラッサ熱の診断に関する記事(2002年)を転載します。
国立感染症研究所 感染症情報センター http://idsc.nih.go.jp/idwr/index.html
感染症の話(IDWR 2002年第35週号)
ラッサ熱 感染症法における取り扱い
ラッサ熱は1 類感染症に定められており、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りとなっている。
診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断や血清学的診断がなされたもの
(材料)血液、血清、尿、咽頭スワブ及び剖検材料等
・病原体の検出 例、ウイルスの分離など
・抗原の検出 例、ELISA 法など
・病原体の遺伝子の検出 例、PCR 法など
・血清抗体の検出 例、IgM 、IgG の免疫蛍光法による検出など
すると,ウイルス分離法とは死滅しないように保存したり,弱って増殖力が落ちないうちに検査するというような注意が必要とも言えるでしょうか。海外へ標本を送ると言っても,結構大変ですね。
ご回答,ありがとうございました。
ついでながら、下記の2点についての情報も不明です。
(1)ウイルス分離法による検査では、生きた(活性)ウイルスを輸送する必要がありますが、PCR法では検体採取時に不活性化すれば輸送は安全かつ簡便にできるはずです。
しかし、エボラウイルスやラッサウイルスなどのRNAウイルスに対するRT-PCR法による検査の場合、エンベロープ(被膜)を分解してRNA遺伝子を裸にする必要がありますが、裸のRNA型遺伝子はDNA型に比べて不安定で壊れやすく(数分で分解されるとの情報もあります)、エンベロープを分解する不活性化は、長時間の輸送に適応できない可能性も考えられます。
安全かつ簡便な検体輸送のために、検体採取時にエンベロープを保存する方法で不活性化して、RT-PCR法による検査時にエンベロープを分解すればよいのではと考えますが、関連情報が不明です。
(2)治療効果・薬剤効果の判定に必要なウイルス量の増減をウイルス分離法によって測定する方法に関する情報が不明です。
・抗原の検出 例、ELISA 法など
・病原体の遺伝子の検出 例、PCR 法など
・血清抗体の検出 例、IgM 、IgG の免疫蛍光法による検出など
エボラ出血熱の場合もラッサ熱取り扱い同様に上記の検査で満たされた時は「エボラウイルス感染症」の確定診断がつけられると理解しました。
ところが友人からの情報で気になる説明を耳にしました。
以下某大学の説明です~感染症の診断には厳密には確定診断、すなわち感染性を持った病原体が疑い患者の体内(検体中)に存在するかを明らかにすることによってなされるものである。
しかしながら、BSL-4施設がない状態では感染症のあるエボラウイルスをあつかうことができないので、必然的に確定診断は出来ません。
BSL-4施設がないわが国で現在行われている検査は確認検査と言われるもので、主にエボラウイルスの遺伝子を検出するものである。
この検査ではウイルス遺伝子が存在するのでウイルスが存在するであろうという事はわかるが、感染性があるのかどうか、どういう性質のウイルスが存在するのかと言うところまでは分からない。
BSL-4施設で患者さんに感染しているウイルスを分離することができれば、ウイルスの性質・特徴を明らかにすることができ、効果的な治療法や有効な感染症対策の策定に大いに役立つ。と言っております。
厳密にはウイルス分離法による検査のみが確定診断だと断定し、RT-PCRは確認検査との説明はどうしても納得できません。感染研の説明と異なるように思えます。HIVには確認検査という用語がありますが、エボラ出血熱では初めて耳にしました。この説明をどのように理解したらよいのでしょうか。
(2)感染性の有無などのウイルスの性質・特徴、効果的な治療法、有効な感染症対策などの基礎的・応用的研究では生きたウイルスが必要でBSL4施設が必須ですが、私たちは、最新設備を有する強固なBSL4施設を人家や活断層から十分に離れた安全な場所に新設すべきと主張しています。
(RT-PCR法などはウイルスを不活性化するため、ウイルス研究には不都合ですから、ウイルス研究者はウイルス分離法を主張します。主張の相違は立場の違いで理解できます。)
仰る通り「最新設備を有する強固なBSL4施設を人家や活断層から十分に離れた安全な場所に新設すべき」は国が地域住民へ最大配慮すべき大切な要求だと思います。
「主張の違いは立場の違いで理解できる」心に沁みる言葉です。
説明大変よく理解できました。ありがとうございました。
>BSL-4施設で患者さんに感染しているウイルスを分離することができれば、ウイルスの性質・特徴を明らかにすることができ、効果的な治療法や有効な感染症対策の策定に大いに役立つ
と説明したそうですが,これはウイルス研究者の利己的な立場からの言明でしょうね。
その説明自体,中身があいまいですが,結局次のような質問があいまいな回答を許さないのではないかと思います。
『目の前の感染者の治療に,ウイルスを分離して,ウイルスの性質・特徴を明らかにすることが必要なのでしょうか?』
国境なき医師団などによる現地の医療チームは,このようなことをして治療に当たっているのか?ということですが,これまでのchayakobanさんのお話からは,そんなことはやっていないはずだと思われます。
chayakobanさん,いかがでしょうか?何度も同じような質問をして申し訳ありません。
しかし、日本で類似の(輸入)感染症患者が発生しても、WHOなどから情報が得られますから、日本で緊急にウイルスを分離して,ウイルスの性質・特徴を明らかにする必要はないと思います。(あり得ないと思いますが、)万一、日本で突然正体不明の(BSL4レベル)ウイルス病が発生した場合は、対処療法を行いながら、ウイルス分離などによってウイルスの性質・特徴を明らかにする必要性は否定できません。
輸入感染症の場合は、患者の治療情報はWHOなどのから入手すればよいので、yajiroさんの質問『目の前の感染者の治療に,ウイルスを分離して,ウイルスの性質・特徴を明らかにすることが必要なのでしょうか?』は適切だと思います。研究者は、生きたウイルスが欲しいので、目の前の患者のためではなく、緊急性のない研究のための必要性をいろいろ言い募るのは、感染研の回答でも明らかです。一問一答形式を強要され、質問者に反論の知識がないと、容易にはぐらかされてしまいます。
要するに,「ウイルスの性質・特徴を明らかにする」ことは普段からやっておけ,それは現地でないとできんだろ」ということですね。(むしろそれをやってWHOに情報提供すれば国際貢献になるでしょう。)
それを国内でやろうなんて,不届き千万ですよね。
ありがとうございました。
yajiroさん ⇒ papillon9999さん
このニュースは知っていましたが,実は向こうの有利にならないか心配していました\(^o^)/
某大学がウイルス分離の必要性について,このニュースを不正利用するかもしれません。
それにしてもRT-PCR法,すごい!